
人との繋がりには種類があると、初めて知った。
人と繋がることがこんなにも温かいのだと、初めて知った。
出会った頃とは少し違う、キミと私の関係。
名前をつけるとしたら、それは…
十五.キミのとなり U
「出発するぞー!!ちゃんと全員いるかー?」
「「「はーーーいっ!」」」
私の紹介も終わり、近くの山へと移動する。先頭にイルカさん・最後尾は私で固め、生徒たちは列も作らず自由に歩き始めた。のんびりと後ろからみんなの後をついて歩いていたが、ある声に反応して思わずその方向を見る。その目線の先には、今日久しぶりに見た金色のほわほわ。
「サクラちゃーんっ!一緒に行こうってばよー!」
「イヤよ、あたしはサスケくんと行くんだからっ!」
「何いっちゃってんのよデコリンッ!サスケくんがあんたとなんか行くわけないでしょっ!!」
「いのブタはいつもの幼馴染みメンバーで来ればいいじゃない!」
「うるさーーいっ!あたしはサスケくんと…」
またサクラちゃんといのちゃんの口喧嘩が始まる。そしてそれを止めようとヒナタちゃんが駆け寄り、騒ぎに便乗しようとキバくんが駆け寄り…歩いているだけで大騒ぎだ。どちらかと言えば先頭に近いグループのはずなのに、彼らの声は大きいから、私の元にも響いてくる。
…アカデミーでのナルト、初めて見るなぁ…。
その後も一貫してサクラちゃんを誘い続けているナルト。それを断りつつも、やっぱり楽しそうなサクラちゃん。自然と出来ている、友達の輪。今までシカマルや三代目様、それに他の暗部のメンバーと一緒のナルトは見たことあったけど、その時はこんな気持ちにはならなかった。モヤモヤというか、何というか…。
私のずっと先を歩く背中を見ながら、このモヤモヤは何だろうと考える。何故モヤモヤするのか…それはナルトが楽しそうだから。楽しそうならいいことじゃないか…でも《私の知らないナルト》を知ったみたいで、なんか嫌だ。何でそれが嫌なのか…それは…
ー…そうか、私、『淋しい』んだ…。
この一年、近くにいてくれたキミ。そんなキミの、知らない面を目の当たりにして、淋しさを感じていたんだ。私はアカデミーに行ってないし、元の時代でナルト達と同世代の頃、同世代の友達なんてもちろんいなかった。当然、恋愛も出来なかった。そんな生活と比べて、今のナルトはとても輝いて見える。もちろん今までの生い立ちは大変だったと知っている。けれど今、同世代の友人達に囲まれて楽しそうにしているキミが、とても羨ましい。そして、たった一年だけな付き合いになる私との繋がりなんか薄っぺらいものだと目の当たりにして、その事実がとても淋しい。
ー…子供か、私は…。
小さくため息をつくと、頭上に広がる澄んだ青を見上げた。
********
少しの講義の後、生徒たちは薬草を取りに思い思いの場所へと散って行く。私は無意識のうちにナルトを探していたようで、気付けば常に視界の端に金色があった。けれどナルトはそんなことに気付いていないので、自由奔放に「サクラちゃん、あっちに行ってみようってばよっ!」と言うと、友達数人とワイワイ騒ぎながら行ってしまった。遠くに見える金色と桜色を視界に入れ、小さくため息をつく。
「お前が今思ってること、当ててやろうか?」
突然聞こえた背後からの声に驚き、小さく跳ね上がる。声の主であるシカマルは自身の頭の後ろで手を組み、得意気な表情を浮かべて私を見ていた。さっきナルトたちと一緒に行ったはずじゃなかった?
「…わかるの?」
「おう」
「言ってみて」
そこまで言うと、シカマルは遠くにいる二人を見つめ、そのまま真っ直ぐ前を向いて言った。
「『淋しい』」
「?!」
驚いて固まった私を尻目に「当たりだろ?」とニヤリと笑う。そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか。私は小さくため息をつくと、眉を下げる。
「どうせ『私の知らないナルトだ』とか『私の知ってるナルトはたった一部だったんだ』とか、そういうめんどくせぇこと考えてんだろ」
「…流石里一の切れ者、明虎さんですね」
「バーカ、お前が分かり易いだけだろ」
全部顔に出てんだよ、と小さく笑った。私よりもずっと賢い彼にはほんと、敵わない。
「…お前が思ってること、全部言ってみろ。聞いてやるから」
続けて耳に入った予想外の言葉に驚き、隣を見る。声の主は草むらに腰掛けると、そのまま後ろへ倒れ込んだ。薬草取りはいいのかな…と思ったが、彼の優しさがありがたく、気付けば私も横に座っていた。彼の視線と同じく、空を見上げる。澄み切った空の色は、どこまでも青い。
「私ね、元いた時代で友達なんていなかったの。だから友達に囲まれるナルトを見て安心したのと同時に、どこか羨ましいって思った」
「ふーん」
「それと同時に、みんなと楽しそうに過ごす姿を見て、私とナルトの繋がりはまだ1年しかないなぁって感じて…正直、疎外感を感じちゃった」
「…そうか」
「あとは…今までナルトのこと『猛獅子』も含めて知ってるつもりでいたのに、実は全然知らなかったんだなぁって気付いたの。そしたら普段は気にしていないのに、私は余所者なんだな、とか思っちゃって…ナルトと喧嘩しちゃったこととか一人でご飯食べることとかいろいろ重なって、淋しさが出てきちゃった」
子供かって思うよね、とわざと明るく言って視線をシカマルに戻すと、彼は私を見ていてくれたようで、視線が絡む。そして小さく「とりあえずよぅ…」と言うと、勢いよく上半身を起こして言った。
「それ、そのままアイツに言ってやれよ」
「ナルトに?」
「そ。アイツは根っからのバカだけど、おま…人を想う気持ちは人一倍だぞ」
「…言えないよ、こんな子供っぽいこと」
はぁ…とため息をつく。自分よりも年下の子に…姉のように慕ってくれる弟のような存在の彼に、幼い姿を見せたくない。そんな私の考えを見抜いているのであろう、これまた年下のシカマルは、真剣な顔をして私を見てくる。
「お前にとって、ナルトって何なんだよ」
「何って…」
「本音なんか言えない、ただの知り合いか?」
「そんなわけないよ!ナルトは…」
ここまで言って言葉を詰まらせる。私にとってナルトはどんな存在なんだろうか。こっちの時代で最初に見つけてくれて、保護してくれて、色々教えてくれて、慕ってくれて…。
「ナルトは私を救ってくれた恩人で、可愛い弟で、過保護な上司で、友達で、親友で…ずっと隣にいたい人」
「…それも含めて、全部言ってやれって」
「…」
「…お前らほんっと頑固だよな。わかった、無理矢理言わせる」
「え?」
返事が出来ない私の手を取り素早く印を組むと、ボフンッという音と共に回りが煙に包まれた。煙が目に入って思わず目をつむるが、次の瞬間には足に地の感触があり目を開ける。辺りを見回せば先ほどまでいた草むらとは違い、目の前には薬草が広がる。どうやら私を連れて、瞬身したらしい。
ふと前方を見れば、背を向けているナルトとサクラちゃん、キバくん、チョウジくん、いのちゃん、サスケくん、ヒナタちゃん、それにシノくんがそれぞれ近くで薬草取りに励んでいた。
―…そのままアイツに言ってやれよ
シカマルから言われた言葉を反芻し手をギュッと強く握ると、背を向ける金色の彼に一歩踏み出した。
********
「…で、あんたは何があったのよ」
オレは今、サクラと共に薬草を摘んでいる。サクラの側にいれば必然的にサスケとの距離が近くなるため、表現は悪いが彼女の恋心をいつも利用させてもらっている。いつもはサスケの話をするかオレを小馬鹿にするかだが、今日は少し違った。
「…何がだってばよ、サクラちゃん」
「あんたのその空元気、気付かないわけないでしょ」
何年同じクラスだと思ってんのよ、と呆れたように言うサクラ。空元気…そんなつもりはなかった。でも心の奥底にはもやもやがずっとあるから、その言葉は間違っていないのだろう。もやもやする原因はわかっているー…がオレの気持ちも無視して、好き勝手ばかり言うから。それが原因で喧嘩して、意地を張って彼女の家にも行かなくなって、ズルズルとここまで来てしまったから。
ほんとなら仲直りして、行きたい時に彼女の家に行き、一緒に飯食って、バカみたいに笑い合いたい。大体のことは適当に流せてたし、興味もなかった。でも、彼女は別だ。もう自分のために傷ついて欲しくない。だから、譲れない。
ふと目の前のサクラ色をみれば、オレの言葉を待ってくれているようで、静かに薬草を摘んでいる。サクラはサスケに目がない年相応の女だが、優しいやつだと思う。このモヤモヤを聞いてもらうのも、ありか。
「…もし…」
「なによ」
「もし大事な相手が傷付くのがわかってて、それでも自分の為に危険も顧みずある場所に行きたいって言ってきたら、どうする?」
「何よそれ、どういう状況?」
ゲームかなんかの話?と、薬草を詰みつつも少し呆れながら言うサクラ。まだアカデミー生である彼女は、忍の世界ではそんなことが日常茶飯事であることを知らないのだろう。でも彼女なりに考えてみたようで、しばらくすると笑顔で言った。
「行ってもらう」
「…そいつ傷付くんだぞ?サクラちゃんにとってはサスケくらい大事なヤツで、下手したら死ぬことだって…っってぇ、なんで殴るんだってば!」
「あんたが縁起でもないこと言うからでしょ!サスケくんを勝手に殺すなっ!!」
ゴンっという鈍い音と同時に殴られ、オレの頭にはでかいコブが出来上がる。例え話だって言っただろーが、怪力女っ!
「それはともかく、もし仮にその相手がサスケくんだったとして、サスケくんは私を思ってそう言ってくれてるんでしょ?だったら行ってもらう」
「でも…傷ついて欲しくないだろ…?」
「もちろん。だから、私も一緒に行く。行けないなら本人に『絶対帰ってきて』って伝える。『行かないで』なんて、私の気持ちだけを押し付けるなんで出来ないもの」
「…強いな…」
その答えに、口癖も忘れて自然と言葉がこぼれた。これは、まだ命を賭けた戦いをしたことがないからこそ言える『キレイゴト』なのかもしれない。それでもそう思える彼女は、オレは心から「強い」と思った。『女の方が強い』とはよく聞くが、本当にそうかもしれない。それは肉体的ではなく、精神的な意味で。人間怪我するときはするし、死ぬときは死ぬ。それがにと思うと、オレはそんなの耐えられない。ふと彼女の顔を見れば困ったように笑ってて、オレは首を傾げた。
「信じてるから」
「?」
「自分が大事にしたい人のことを信じてるからよ。あんたはその人のこと、信じてないの?」
「…」
「でも、一つ分かった。ここ最近のアンタが心から笑うようになったのも、楽しそうにしてるのも、全部その人と出逢ったからでしょ。そんだけ大切に思える人に出逢えたのね」
…そんなに分かりやすかっただろうか。こんなアカデミー生にわかるくらいあからさまに変わったのだろうか…自分では分からない。そこまで言うと、サクラは再び薬草摘みに戻った。オレは今言われた言葉を反芻しながら、しばらく話せていない彼女のことを考える。オレにとっては大事にしたい相手には違いない。でも彼女にとって、オレはどんな存在なんだろうかー…。
すると突然シカマルからの術が届き、すっかり考え込んでいたオレは驚きで体が小さく跳ねた。
(な、何だよシカ!驚くじゃねーか!)
(しるか。それより今、を連れて近くまで来た)
(…は?)
(とにかくお前は、あいつが来たらまず話を聞いてやれ。で、話し合え。頑固なお前らに今必要なのは【話し合い】だ)
(話し合いっつっても…)
(いいか、お前はまずは『聞く』に徹しろ。口を挟むな、とにかく聞け)
(…)
すると突然、背後に感じ慣れた気配があることに気付き、振り返る。そこには眉をハの字に下げ、困ったような顔をしたがいた。
「あ、さん!」
「サクラちゃん、薬草摘みは順調?」
「まぁまぁです!」
そう言うとチラリと見てきて、ニヤリと小さく笑う。そして「じゃ、私とサスケくんはあっちに行ってみるから!サスケくん、行こっ!」とヤケに元気良く言うと、小さくウィンクをして立ち去ったー…なんであの例え話の相手がって分かったんだ、アイツ。シカマルといいサクラといい、オレの周りはお節介野郎が多い気がする。
そんな彼女を見送ると、は未だ困った顔をしていて…どちらも視線は交えたまま言葉を口にすることなく、沈黙だけが流れたー…。
********
ナルトは気まずさから逃げるように、視線を地面に向けるとしゃがみこみ、目の前の薬草を詰み始める。彼なりにシカマルから言われた『聞くに徹する』体勢を整えるようだ。遠くには楽しそうな生徒たちの笑い声が響くが、ここだけまるで葬式のように音がない。
そんな中、意を決したはゴクリと唾を飲み込むと、目の前でしゃがみこむふわふわに弱々しくも声を掛けた。
「シ、シカマルが思ったこと伝えろって言うから…言いに来ました」
その声に手を止めたナルト。だがそれも一瞬だけで、再びプチプチと薬草を摘み始める。いつもなら何かしら反応してくれそうなのに、一切のノーリアクションには声をかけても向けられたままの背中に泣きそうになる。だかここで泣くのはずるい気がすると、何とか堪えた。
「こ、これから言うことは、すっごい子供っぽいからね。呆れるかもしれないし、私のこと嫌いになっちゃうかもしれない…でも、言う」
そこまで言うと、深呼吸をする。そしてナルトの正面へ歩を進めると、目線を合わせるようしゃがみこんで言った。
「…淋しい」
「?!」
「私は…ナルトが遊びにきてくれないの、ふつーに淋しいです」
その言葉に驚き、ナルトは薬草を摘む手を止め、目の前にいる彼女を見つめた。は言いづらいのか視線も合わせずしゃがみこんでいて、さらに膝に顔をうずめている。そのままグリグリと自らの膝に頭を押し付けながら、小さな声である言葉を続けた。
「話せないのも頭撫でられないのもハグ出来ないのも、一緒にご飯食べられないのも、全部淋しい…し、」
「…」
「アカデミーでのナルトは初めてで、この一年ずっと傍にいたはずなのに私だけが知らないナルトがいて、もっと淋しくなった」
「…」
そこまで言うとは顔を上げ、今度は自らの膝に顎を乗せた。その伏せられた目は少し潤んでいて、口は拗ねているかのように尖らせている。そして額は、押し付けていたせいで少し赤い。
「私は、ナルトとタケ、両方の隣にいたい」
「?!」
「いつでも一番隣にいたいし、ナルトのこと、もっと知りたい」
「ちょ、、どうし…」
「『背中を預けたい親友』とか『可愛がりたい弟』とか『ウザったい過保護な上司』は当たり前で、アカデミー生のナルトも暗部総隊長の猛獅子も、全部含めてずっと隣にいたい。で、私の手で守りたい」
「?っっ!?」
淡い恋心を伝える告白よりも、もっと深い愛情を伝えられた気がして、ナルトは思わず赤面する。こんな言葉、生まれて初めて貰った。嬉しいし恥ずかしいし…心が温かい。 手の甲で口元を隠し、視線を外してニヤける顔を必死に隠すナルト。幸い自身、目線は未だ地面なのでそんなナルトの様子には気付いていない。
「…って、ここまで散々子供っぽいこと話してたけど…つまりね、あの…」
「?」
「仲直り…しよ?」
ここでやっと、チラリと目線を上げる。その顔はほんのり赤い。散々恥ずかしいことを言っていたのに、仲直りの依頼で頬を染める、その少しズレている彼女の感覚に笑いが込み上げ口元が緩む。ナルトは目の前にある、頬同様未だ赤くなっている額を小突いた。
「っ?!」
「オレにとってお前は、言わば『太陽』だ。居なくちゃいけねーし、無くなるなんて考えられねぇ。だからこそ、誰よりも傷付けたくねぇ。そこは理解してほしい」
「ナルト…」
「でも、オレ【も】、の隣にずっといたい」
「!!」
「隣に居続けたいし、対等でありたい」
「…うん」
お互いがお互いを大切に思ってたからこそ、起きてしまったすれ違い。その本心をぶつけ合うことこそ、解決には一番早い。そしてその根底にあるのはー…。
「『信じる』か…確かにそうだな」
「ん?」
「なんでもねー。ほら、仲直りすんだろ」
ん、と伸ばされた手を、はそっと取り立ち上がる。自分より小さいと思っていたそれは、いつの間にか大きくなっている。横に並べば、背丈ももう同じだ。二人は並ぶと、ナルトは無言で拳を突き出した。はその拳にほんの少しだけ小さくなってしまった自らの拳を突き合わせ、どちらともなく笑った。
彼と彼女の関係ー…それは『ずっと隣にいたい人』。
その思うところを、二人はまだ気付かないー…。