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 12月に入り、大分寒さを感じるようになった。現世では部屋に籠りっぱなしだったので、こちらでの四季の移り変わりは私にとって楽しみの一部でもある。そして何より、任務に書類整理に副隊長のお世話に忘年会の準備にと、現世では考えられないような忙しくて充実した日々を送っている。

 そんなある日の昼下がり、私は池松さんと恋次くんに連れられて、十三番隊の鍛錬場にやって来た。何でも『会わせたい人』がいるらしい。言われた瞬間「もしかして恋次くんの恋人?!やるぅー!」と揶揄ったが即ゲンコツを食らったので、以来その手の冗談は控えている。
 鍛錬場の扉を開くとすでに中に誰かいるようで、黒髪女性の後ろ姿が見える。その人物は私達に気が付くと、笑顔で振り返り言った。

「恋次から話は聞いている。よろしくな、!」

兄妹


「ルキアさんは朽木隊長の妹さんですか!」
「あぁ」
「で、恋次くんの幼馴染で、池松さんの友達…なるほど」

 試合を始めた池松さんと恋次くんを眺めながら、十三番隊に所属する彼女ー…朽木ルキアさんと私は雑談をする。彼女こそ恋次くんの『会わせたい人』だったらしく、会うや否や「じゃ、適当に話しててくれ」と言うと、池松さんと鍛錬を始めてしまった。ルキアさんは礼を言うと鍛錬場の端へ私を呼び、二人で腰掛ける。突然の二人きりに何を話そうかと思案していると、ルキアさんから話し掛けてくれた。

「少し前に恋次が新人の教育係になったと聞いてな、どんな新人が教わってるのかと興味があったのだ。そしたら鈴取りでの動きも素晴らしいし、あっという間に席官になるし…お主に興味を持って、是非会って話がしてみたいと私から恋次に頼んだのだ」
「そうだったんですね!なんかすみません、ありがとうございます!」

 こんな綺麗な先輩に興味を持ってもらえるなんて、恐れ多い…!私は顔に熱が集まるのを感じて頬に手を添えると、ペコペコと頭を下げお礼を述べた。見られていたのは何となく気恥ずかしいが、話をしてみたいと思ってもらえるなんてとても嬉しい。私は赤い顔をあまり見られないよう未だに頬に手を添えてニコニコとルキアさんを見ていると、そんな姿に彼女は小さく笑って言った。

「敬語…」
「え?」
「出来ればで良いのだが、敬語は外してくれぬか?私はと友達になりたい」
「え?!いいの?」
「あぁ、出来たらで良い…」
「ありがとう、ルキアちゃん!」

 食い気味に腕を伸ばしつつお礼を述べると、ルキアちゃんは柔らかく微笑んでそって手を取ってくれた。

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「それにしても、死神にも兄妹ってあるんだね」
「あぁ。流魂街出身の者は、私と兄様のように血の繋がりのない者同士が多いと思うがな」
「血の繋がりかぁ…」

 その言葉に、ふと現世を離れたばかりの時に出会った双子の兄妹を思い出す。確かに二人は一緒に現世を離れても、流魂街へはバラバラの地区に飛ばされそうになっていた。その飛ばされた先で、みんな新しい『家族』を形成するのだろう。
 そんなことを考えながら目の前で激しく試合をしていた二人に目をやれば、肩で息をしながら倒れ込んだ。どうやら休憩するらしい。

「ねーねー!池松さんって、兄弟いるのー?」

 兄妹という流れから、私は自然と池松さんに大きな声で話し掛ける。そういえば聞いたことはないから聞いてみようという、単なる興味本位だ。休憩に入り倒れている池松さんに、私の大きな声に「そんなデケェ声出さなくても聞こえる!」と睨むと、タオルを顔に被せながら少しの間の後に答えてくれた。

「…世話のかかる妹が一人いるな」
「…それって、私以外で?」
「お前以外誰がいんだよ」
「わぁい!奏兄ぃー!」

 この瞬間、私の中で『池松さん』から『奏兄』に呼び方が変わった。遊子や夏梨も一護のこと『一兄』って呼んでたし、お兄ちゃん呼びに少し憧れていた部分もある。そんな奏兄に、両手を挙げて駆け寄ろうとすると、奏兄は「暑いから来んなっ!」と制した。「ちぇっ…」と口を尖らすと、一連の流れを見ていたルキアちゃんが笑った。
 その後すぐ恋次くんが「ぉらっ、奏兄!再会すっぞ!」と寝転んだままの奏兄を蹴飛ばすと、再び試合を始めた。流石十一番隊…なんと言う体力。私も同じ隊に所属している身だし頑張らないといけないが、とはいえ彼らのゴリラ並みのパワーと体力に、私は眉間の皺を深める。二人の激しい試合を肘をつき顎をその上に置きながら再び眺めていると、隣に座るルキアちゃんがふと小さく呟いた。

「奏にも血の繋がらない兄が一人いる」

 初めて聞く事実に、私は目を見開き驚きの声を上げる。なんだ、私以外にもいるんじゃないか。何故黙ってたのだろう…。

「そうなんだ、知らなかった」
「響(ひびき)と言って、それはもうみんなに優しいヤツでな…。男女問わず彼を慕うヤツは沢山いて、そんな兄を奏はいつも自慢していた」
「…そうなんだ…仲が良いんだね」
「あぁ。それはもう、見ていて微笑ましいくらいだったぞ」

 ここで私は、ルキアちゃんの言葉に違和感を感じたー…語尾が何故、過去形なんだろうか…。先を聞いて良いのか分からず眉を下げる。そんな私の心情を汲み取ったのか、ルキアちゃんは少し悲しげな表情を浮かべると、真っ直ぐ奏兄を見つめて言った。

「だが数年前、響は現世で死んだ」
「え…」

 言葉の端々から想定していたとはいえ、【現世】と言う言葉に声を詰まらせる。私はまだ経験が浅いということで現世へ行けていないが、現世で亡くなるとなれば思い浮かぶのは虚討伐だろう。

「詳しいことはあやつは話したがらないから知らないが、響の身体は大きく損傷していた。あれほどの実力者があんな怪我をするはずもないだろうと、専ら『虚から人間を護ったに違いない』という噂だ。何せ誰にでも優しく、頼れる男だったからな」
「…その、響さんを殺した虚は…?」
「未だに行方知らずだ。もしかしたら他の死神が殺しているかもしれないし、生き延びているかもしれない」

 悔しそうに言うルキアちゃんの言葉に、私は彼女の視線の先を追う。考えたこともなかったが、先程から汗だくで試合をしている奏兄の視線の先には、一体何が映ってるのだろうか。響さんの死をどうやって乗り越えたのだろう。もし仮に一護が殺されたら、私は乗り越えられるだろうかー…無理だ。乗り越えられるはずがない。
 最初こそ騒がしいし空気読めない人だと思っていたけど、本当はとても優しい人だと知った。出会いに関してまだ分からない部分もあるけど、強くて面倒見が良くて、私のことを本当の妹のように接してくれる。冬獅郎とはまた違う意味で、私の中の【大切な人】に変わりない。

 ー…私は奏兄の、妹だ。だから奏兄のお兄さんは、私にとっても兄になる。私の一番の目標は言わずもがなだが、いつか私も奏兄の力になりたい。

 そう思うと居ても立っても居られず、私は華月を置き去りに稽古に精を出す二人の元へと駆け出す。

「奏兄ーっ!!」
「「?!」」

 至近距離で大声で叫んだもんだから、呼ばれた奏兄だけでなく恋次くんも驚き、手が止まる。そのまま奏兄目掛けて飛び付くと、そのままの勢いで後ろに倒れた。最早壁ドンならぬ床ドン体勢だ。

「?ってーな!何だよ、いきなり!びっくりすんだろーが!!」
「奏兄っ!私、頑張るよ!!」
「は?」
「何かあったら絶対言ってね!私、奏兄の妹なんだからね!頑張るからね!」

 倒れた体を見下ろすように至近距離で訴えると、奏兄はわけわかんねぇ…という表情を浮かべる。それでも私が拳を握り力強く頷くと、ポンと頭に手を添えて言った。

「良くわかんねーけど、ほどほどにな」
「合点承知の助!」
「…江戸っ子か」

 ふと振り返れば、私と奏兄のやり取りにルキアちゃんと恋次くんは微笑んでいた。
 まだまだ分からないことも多いけど、私には現世にいる頃よりも『護りたいもの』『大切にしたいもの』が溢れていると実感した。