
「、元気ですかねー?」
「さぁな」
「会いたいですねー」
「そうだな」
この半年間、松本との間で何度となくやり取りされた会話。
渦中の人物とは、まだ再会できていない。
Time to Shine 1
を魂葬して、もうすぐ半年。あの頃は桜の蕾がようやく膨らみ始めたばかりだったのに、いつの間にか季節も夏から秋へ移り変わろうとしていた。現世にいた頃は定期的に会えていたのに、あの日から一度も姿を見ていなければ、オレンジ髪の少女の話すら耳に入ってこない。魂葬後はこれが普通なんだと分かっていても、あれだけ頻繁に会っていたんだ、やはりどこか淋しさを感じてしまう。
筆を止め意識的に左足首を動かせば、この半年間ずっと身につけているオレンジ色の石が小さく揺れた。そこから交換時に『お守りだよ』と新たに施された、彼女の柔らかな霊力を感じる。
「あの子、隊長の職権乱用して本当に潤林安に行ったんですよね?」
オレンジ色の温もりに意識が向いていたが、その言葉に顔を上げる。松本は筆を片手に肘をつき手に顎を乗せ、副官席からじっとこちらを見ていた。その顔は明らかに、なかなかに会えないことへの不満が滲み出ている。俺はその表情の言わんとすることに気付かぬふりをして、視線を再び手元に戻し筆を動かした。
「職権乱用って言うな」
「だって責任感からか、なかなか譲りたがらない池松から魂葬をぶん取った挙句、理由も告げずに『とにかく潤林安に入れろ』って言ったんですよね?職権乱用以外の何でもないじゃないですか」
…正論だ。何も言い返せず俺は再び筆を止め、言葉の代わりにジロリと睨んだ。そんな様子に松本は「まぁ私的には『よくやった、さすが我が隊長!』なんですけどね!私は職権乱用なんて出来ませんしー!」と笑った。
「何言ってんだお前。お前だって『が死んだら俺を呼べ』って書類に書いただろ」
「当たり前じゃないですか!恋次にこっそり書類持って来させて、ささっと書いて、こっそり戻させておきました!」
あの子可愛いし、放っておいたらどうなってたか!むしろ褒められる点だと思いますけど!と胸を張る松本。まぁ個人的にはそうだが、他隊管轄でかつ業務外の内容を書くために自分より位の下の者を使うことも、充分職権乱用だと思う…本人には言わないが。
「で?私はまだ見かけないんですけど、隊長はもう見かけました?」
続けて「以前にも増して実家に帰ってるじゃないですか」と言った。確かにこの半年、今まで現世に足を運んでいたのと同じペース…いや、それ以上に時間を見つけては潤林安にある実家に帰るようにしていた。理由は一つ、あのオレンジを一目でも見て安心したいから。ただ、それだけ。だがそんな俺の苦労も実らず、見かけるどころかあの柔らかで暖かな霊圧すら感じられていない。
「見かけねぇな。ばあちゃんもあの近辺で一度もオレンジ髪は見たことないらしい」
オレンジ色の髪は珍しいし、それにアイツは誰にでも可愛がられるタイプ。もしばあちゃんがに会ってたら、必ず記憶に残るはずだ。だが見ていないと断言するあたり、実家周辺にはいないとほぼ確信している。
「そうですか…あの子、どこ行っちゃったのかしら」
「まぁあそこも広いし、今頃どっかで走り回ってんじゃねーか?」
これはずっと自分に言い聞かせてる言葉。あえて口に出すことで、そう思い込もうとする。生まれつき体が弱く、現世では走り回ることなんて出来なかった彼女。ここに来たことで彼女の愛した家族や俺の記憶を失っているのは悲しいことだが、それと同時に長年苦しんだ病の記憶も忘れているはずだ。一目見たい気持ちはあるものの、もしまだ会えなくてもあの広い潤林安のどこかで、楽しく健康に暮らしていて欲しいと、そうずっと願っている。
俺は再び手元の書類に視線を戻し、筆を動かし始めた。机上の書類はまだまだある…果たして今日中に終わるだろうか。そんなことを真面目に考え始めたが、松本のはぁ、というため息で再び思考は途切れた。ちらりと見れば、彼女はまだ不満そうな顔のままだ。
「隊長、ずっと聞きたかったこと聞いてもいいですか?」
「…聞いてもいいが、そろそろ口じゃなく手を動かしてくれ」
残っている書類の量で言えば、俺より松本の方が断然多い。さらに言えば彼女が終わらせたあと、その書類たちは丸々こちらへ回ってくる。ため息をつきたいのはこっちだ。そんな俺の思いを知ってか知らずか彼女の手にある筆は一向に動かず、ついには筆を置いて言った。頼むから置くな、動かせ。
「隊長は…のこと本気で探さないんですか?」
その言葉に、俺は再び筆を止めた。俺が本気で探せば、あの広い潤林安でも恐らく数日で見つけることが出来る。そのことを知っている松本は、ずっと本気で探していない俺が不思議なのだろう。だが俺は探すことはしない。はのペースで、絶対俺の隣に来るはずだ。
「探さねぇな」
「何故です?隊長ならすぐに見つけられるじゃないですか!」
「アイツに『待ってる』って約束したからな」
「…もう!じれったい!」
あの子どっか抜けてるし、ここに来るまで本当に何百年もかかっちゃうかもしれないですよ!もしかしたら一生来ないかも!と松本は言う。だが、松本には言わないが、このアンクレットがある限りあいつは絶対ここに来る…そんな自信があった。俺のことを覚えていなくても、もう一度あの笑顔に会えるなら何百年でも待ってやる。
もしかしたら、来年あたりひょっこり霊術院に入学するかもしれない。もしかしたら明日にでも街中で偶然会うかもしれない。もしかしたら…そんな想像をして待つのも悪くない。俺は彼女との色々な再会の形を描いて、その日を楽しみにしていた。
*****
だが、事件は起きた。
その日は朝から雨が降っていて、一日を通して薄暗い日だった。松本は天気も悪いし湿気が多いし、いつも以上にやる気が出ない!と言い、堂々とソファでシロと戯れながら煎餅を食べている。その様子を俺は片肘立てて睨んでいた。そんないつも通りの時間を過ごしていたところに突然緊迫した霊圧が近づいてきたかと思うと、扉の前で止まる。
「失礼いたします、十一番隊隊員の青木と申します!日番谷隊長と松本副隊長はおられますでしょうか?緊急の招集でございます!」
「入れ!」
「失礼いたします!」
その声と同時に入ってきたのは見知らぬ隊員。その顔は見るからに緊張している。席ももたぬ隊員が執務室に来ることに加え、さらに言えば彼は他隊だ。ただ事ではない報告だと容易に想像できた。
青木と名乗るその隊員は、執務室に入るなり頭を下げる。
「突然の来訪、失礼いたします!緊急事態により、現在自隊の手の空いている者が各隊に直接報告に伺っております!」
「どうした、何があった」
俺は努めて冷静に言う。その言葉に青木は頭を上げると、俺と松本を交互に見て言葉を続けた。
「ただ今流魂街に出ている十一番隊による緊急報告です!東流魂街63地区にて市民による霊力の暴発が起き、それにより市民1人が死亡、近くにいた十一番隊隊員の怪我人が多数発生とのことです!」
「東流魂街…昨年秋に調査に行った地域だな」
霊力を持った市民はその抑制方法も知らぬため、たまに暴発事故はおきていた。だが、人を殺傷するほどの威力は滅多にない。それが去年の秋に虚の巣窟調査に行った地域と重なったことが少し引っかかり、俺は眉間に皺を寄せる。
普段は不真面目な松本も、あの十一番隊が多数怪我する事態に同じように険しい顔をしていた。
「あの戦闘バカ達が多数怪我って…何があったのよ」
「詳細はまだ不明ですが、暴発させたのはオレンジ色の髪、茶色の瞳をした少女であるとの報告です!」
「「!?」」
青木の言葉に、俺と松本はお互いを見やる。が仮にあの霊力のままこちらに来ていて、何かしら事件に巻き込まれていたら、身を守るために暴発も起こらないこともないかもしれない。ただ、アイツは東流魂街63地区なんて場所じゃなく、西流魂街1地区にいるはずだ。決まり上担当の完全な変更は不可能なため魂葬だけは俺が行い、その後の処理は本来の担当だった池松に確かに『潤林安入れろ』と依頼した。だから絶対に違う。彼女ではない、別のオレンジ髪の少女に違いない。
だが、現にまだ潤林安で姿は見ていない…その事実にこの疑念が拭えない。俺は無意識のうちに強く拳を握る。違うと信じたいのに、頭では警鐘が鳴り響く。
「つきましては、今からその少女について緊急の隊主会が開かれます!今回は山本総隊長より、副隊長も参加命令が下っております!」
「隊主会に副官が?どういうこと…?」
「そこまでは不明ですが…すぐに向かわれた方が良いかと!」
そこまで言うと、青木は「九番隊にも伺うので失礼します!」と頭を下げて去って行った。早く行け、自分の目でじゃないことを確かめろと頭ではわかっているが、今受けた報告を受け止めきれず、俺も松本もただ茫然と執務室の扉を見つめていた。