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はぁ……はぁ……はぁ………
オレは全速力で里内を駆け抜ける。カカシ先生の話が、ずっと頭の中で繰り返されていた。

―…まさか……本当に……?

そう思いながらも駆け抜けていると、目の前には見知ったチョンマゲ頭。二年半前、大事な頼みごとをした張本人。

「シカマルッ!!は、花はっ!?」
「おおっ、ナルト!久々だ…」
「いいから!花はっ!?」
「…花?」

シカマルの挨拶もそこそこに、オレは気になることを開口一番に問いただす。

「花…あぁ、頼まれてたヤツか?」
「そうだってばよ!オレがいない間も花、届いてたか!?」
「あぁ、お前のいない間ずっとな。ちゃんとお前ん家に入れといたぜ?とっくに枯れてると思うけど」

ってかお前、そんなにどうしたんだよ、と訝し気にオレを見るシカマル。オレはそれに答えることなく、はぁはぁ息切れを起こしている。

「しっかしお前、何で暗部から花貰ってんだよ?びっくりしたぜ」
「暗部っ!?お前、ねぇちゃんに会ったのかっ!?」

その言葉に今までの息切れはどこへやら、ガシッと力強く肩を掴み、そのまま前後に激しく揺らす。止めろバカ、と肩を押して離れると、はぁ、とため息をついてシカマルは言葉を紡いだ。

「会ったっていうか正確には『見た』だな。去年のイブ、頼まれた通り届けられているだろう花をお前ん家に入れにいったら、丁度消えちまうトコだったんだよ。あのマントは暗部しか着ねぇだろ」
「…やっぱり、カカシ先生の話は本当だったんだ」

そこまで聞くとシカマルへのお礼もそこそこに、オレは再び足にチャクラを込めて駆けだした。目指すのは久しぶりの我が家。

どうか、間に合いますように………

ハナウタ W


、ナルトのやつが帰ってくるぞ」

暗部の任務が終わり、無事に自宅へと着いた時。突然目の前に現れたのはカカシさんの忍犬・パックンだった。ナルトがカカシさんの班になってからは、いつも彼が私に『連絡』をしに来てくれる。

「やっと帰ってくるんだ」
「そのようじゃな。カカシによれば、今日の夕方には着くそうじゃぞ」
「そっか。じゃあ着替えたらもう行く」

そう言うとお礼のミルクをお皿に入れ、与える。パックンはペロペロと美味しそうに飲むと、私を見上げていつもと同じ言葉を口にした。

「なぁ。まだナルトのやつには会わんのか?」
「……」

パックンもカカシさんもいつも、私に言う。『まだ会わないのか』と。けれど私はいつも、ナルトの帰還報告がくるとその時間よりもずっと早めに花を置きに行く。何故なら彼に会いたくないから…。
嘘……会いたい。出来ることなら、真正面から会いたい。でも、会うのがこんなにも恐ろしいんだ。
私のせいで壊れてしまった彼の幸せ。彼の一生。これは一生かけても償いきれない、私の罪。そんな私は、彼にどんな顔で会えばいいの?「許して」なんていうの?
この質問をされる度にいろんな思いがひしめき合って、私は毎回、苦笑いを浮かべることしか出来ない。そして今日も、張り付いたような苦笑いしか返すことが出来なかった。

「はぁ……まったく、も頑固なヤツじゃのぅ」
「ミナトさんに似たんですー!それにミナトさんを師に持つカカシさんも、かなり頑固だと思うよ?」
「あぁ、あれはあやつ譲りか」

はぁ、とため息をつくと、私は優しく彼の頭を撫でた。彼は気持ちよさそうに撫でられると、私を見上げて言った。

「お、今日は暗部服で行かないのか?」
「行かないんじゃなくて、行けないの。全部ボロボロだし、洗濯しなきゃすごいから」

いつもなら暗部服に身を包み誰だかわからないように行くのだが、今日は生憎任務帰りで返り血やら泥の汚れが激しい。でも早めに花を彼の玄関先に置いてこないとナルト…もしくは一度姿を見られてしまった一つ結びの彼に会ってしまうかもしれない。

「じゃぁ私もう行くからさ、飲み終わったらそのままにしといて。カカシさんに『いつもありがとう』って伝えてね」

普段あまり着ない私服に身を包んだ私は、パックンの頭を再びそっと撫でると、少し急ぎ気味に家を後にした。

「…それにしてもカカシのやつ、なんであんな『嘘』の連絡をしたんじゃ?もうナルトは帰ってきておるのに……」

そんなパックンの独り言は当然私の耳に入ることもなく、空を切って消えて行った。

********

――その少女は、ある家に居候してたんだ。その昔、その家の父親に戦災孤児として拾われたんだ。少女は血はつながらなくともその父親も母親も大好きで、一瞬にして二人の間に生まれた赤ん坊のことも大好きになった。でもその赤ん坊が生まれたと同時にとても大きな事件が起きてしまい、その父親と母親が死んでしまった。しかもその赤ん坊はその事件で大きな『代償』を得てしまい、それによって人とは少し違う人生を歩まねばならなくなってしまったんだ。

はぁ、はぁ、はぁ…………。
先ほど聞いた話が頭に浮かぶ。こんなにも…こんなにも自分の家は遠かっただろうか……

――少女はとてつもない後悔の念に押しつぶされそうになった。なぜなら少女は、自分のせいで父親も母親も死んでしまったと思い続けているから。自分が弱くて赤ん坊も守れず、そのせいで赤ん坊は辛い人生を歩まねばならなくなってしまったと思ってるから。自分はあんなにも愛されたのに、この赤ん坊は二人の愛を受けることはできないんだ。すべて自分のせい。幼い少女にはそう思うことしかできなかった……

違う…違う違う違うっ!!オレは誰かのせいでこんなにも不幸なんだ、だなんて思ったことねぇ!!

――それから少女は必死に修行して、あっという間に上忍、そして暗部へと入隊した。なぜなら少しでもその『赤ん坊』に平和な暮らしをもたらしてやりたかったから。決して自分の罪が許されることはないが、自分の人生のすべてをかけてその『赤ん坊』の未来を支えたいと願っていたから。

そこまで聞いて、オレの視界は一気に滲んだ。喉もツン、と痛くて思わず俯く。サクラちゃんはそんなオレの様子には気付かず、カカシ先生に質問をしていた。

―じゃあ『花』っていうのは……?
―その少女は、その『赤ん坊』のお祝い事の日には必ず花を贈るんだ。
クリスマス、バレンタイン、誕生日、アカデミーの卒業式、下忍認定の日、そして大きな任務の帰り…たとえば今のナルトみたいに、長期の修行の帰りとか。彼女は暗部っていう立場上忙しいにも関わらず、その少年に必ず花を贈ってる。
―任務帰りにまで!?すごい愛情深い人…でもどうやってその少年の帰還日がわかるのかしら?
―んー、そうネ……例えばこう、『口寄せの術』!
―呼んだか、カカシ
―ねぇパックン、今『連絡』してきて?『今日の夕方に着く』って
―今日の夕方?もう着いて…
―いいから、そう『連絡』して来て?
―了解。行ってくる
―ね、こうやって伝えるんだよ、きっと
―はぁ。でも先生、パックン、この例えで出したのに本当にどこか行っちゃいましたよ?いいんですか?
―うん、いいの。本当に『ある人』に『連絡』しにいったからさ
―そう、なんですか……?


疑問符をいっぱい浮かべているサクラちゃんを余所に、そう言ってカカシ先生がオレを見て微笑んだ瞬間、すべてわかってしまった。
――話の中の『赤ん坊』はオレ。『大きな事件』は九尾の襲撃。そしてあの『連絡』は、オレの帰還を少女……花のねぇちゃんに知らせるもの。

そう思ったら自然に足が動いていた。そう言って駆け抜ける風景は、いつもと違ってすごく遅く感じた。駆けだしてしばらくして振り返ると、遠くでカカシ先生が見たこともないくらいすんごい笑顔で手を振っていた。

********

息が切れている中、やっとの思いでアパートの下へと辿り着く。そこで何度も息を整えた。

先生はさっきパックンに『夕方に着く』って言ってた。だから夕方前には来るかもしれねぇ。それまで今日はずっと、見張ってるってばよっ!!

そう思いきゅっと拳を握ると、目の前にあるゆっくりと階段を上る。だが昇っている途中、ふと上の階で人の気配を感じ足を止めた。オレは素早く気配を消し、二階を見ようとゆっくりと上半身を伸ばす。そしてそこから見えた光景に、オレはビクッと体を震わせた。
ちょうど自分の家の前しゃがみ込む、一人の女性。その手にあるのは花束。その根元部分には十年間ずっと見て来た、あの桃色のリボン。
女性の腕や足には痛々しいほどの傷が沢山あり、その分傷一つない顔がすごく綺麗に見える。そしてその特徴が、彼女が暗部であるという事実に結び付いている気がした。そう思うとオレは考えるよりも先に体が動いていて、階段を駆け上がると素早くその女性を抱きしめた。

「!!!」
「…やっと、捕まえたってばよ」

カカシ先生の話によるとその女性………花のねぇちゃんはオレよりも四つも年上なのに体は華奢で、オレの腕の中にすっぽりと入ってしまった。
こんな小さな体で、ずっといろんなもん背負ってたのかよ。オレの運命はねぇちゃんのせいじゃないってばよ。 ねぇちゃんが罪を感じる必要は、全然ないってばよ………。
いろんな思いが湧き出ては、言葉にならずにそのまま消える。ただただ、オレだけを思い続けてくれていたこの人の温もりを感じたい……そう思った。

「……花、ありがとう。ずっとずっと、すんげー嬉しかったってばよ」

やっと喉を突いて出た言葉は、今までの感謝の意を伝える言葉だった。オレはこの花に何度も救われた。一人じゃないって思わせてくれた。人に思われる喜びを知った。
この人に会えたら、ずっとずっと言いたいと願い続けていた言葉。
だけどねぇちゃんはオレの腕の中で俯いていて、オレの声に何も反応を示さない。それによく見れば体は小さく震えていて、何かを必死に堪えているようにも見えた。

――彼女はずっと自分を責め続けているんだよ。自分のせいで、少年が孤独を感じるようになったんだ、自分の弱さのせいで、少年から両親を奪ってしまったんだ……ってね。

先ほど聞いたカカシ先生の言葉を思い出す。
正直、オレが許す許さないなんて関係無いと思う。オレはオレの人生があって、今までのコトすべてひっくるめて今の『うずまきナルト』なんだ。ねぇちゃんが罪を感じることは何もない。それにねぇちゃんには、返しても返しきれねぇくらい大きな物をずっとずっと貰い続けてきてたってばよ…。
オレは俯く彼女を余所に、そっと後ろからその白くて小さな手を握った。

「!!!?」
「この手がいつも、オレを元気づけてくれてたんだ。ありがとう」
「っっっ!!!!」

そういうと腕の中のねぇちゃんは小さく震え、小さな嗚咽も聞こえてくる。

「……ルト………」
「ん?」

微かに響いた、彼女の声。あまりにも小さくて聞き逃しそうになったけど、確かに聞いた、初めての声。それが嬉しくて、腕に込めた力を強める。

「ナルト…ごめんね……ごめんなさ…」
「そんなのより」
「………?!」

そういってオレはねぇちゃんの肩を掴み、無理矢理こっちを向かせた。初めてみるねぇちゃんの顔。幼いころから空想の世界でしか会えなかった、元気をくれる花のねぇちゃん。色白で涙で頬は真っ赤で、大きめであろう瞳には沢山の涙が浮かんでいる。ねぇちゃんは首を動かして視線から外れようとするけど、オレは頭を押さえてじっと視線を合わせた。
初めて見れる彼女の顔が嬉しくて、オレは笑顔を浮かべて言った。

「そんな言葉よりオレ、『おかえり』って言葉が欲しい」
「!!!!!!」
「やっと里に帰って来たんだ。オレ、ねぇちゃんに直接『おかえり』って言って欲しいってばよ」

その瞬間ねぇちゃんの瞳から止めどなく涙は溢れ、頬を伝って地面へと落ちた。その姿が何よりも綺麗で、オレはそっと抱き寄せ閉じ込める。

「…り…」
「?」
「おかえり、ナルト」

そう言ってそっと背中に回された手は、細くて頼りなくて…その存在を確かめたくてオレは抱きしめる腕に力を込めた。確かに感じる温もりは、オレに現実感を与えてくれる。

「ただいま。で、ねぇちゃんもおかえり」
「!!!ただ…いま……」

ただいま、おかえり。そんな当たり前の言葉が、オレ達にはすごく特別な言葉に感じた。


「ナルト」
「ん?」
「アカデミー卒業、おめでとう」
「…へ?」

突然の彼女の発言に、オレはびっくりして腕の中の彼女を見下ろす。するとねぇちゃんは目に涙を溜めながらも、笑ってこう言った。

「下忍認定、おめでとう。初の里外忍務、お疲れ様。サスケくん奪還任務、頑張ったね」
「……」
「メリークリスマス、ハッピーバレンタイン、それに、お誕生日おめでー…っっ!?」

その瞬間、オレは再びこの腕の中に彼女を閉じ込める。柔らかくてふわっとした彼女の感触。甘くて優しい温もり。ねぇちゃんはそっと腕を回すと、きゅっと抱きしめ返して言った。

「あのね、ずっと言いたかったの。直接会って言いたかったの。でも言えなくてね、怖くて怖くて、でも言いたくて……だからせめて花だけ……」
「大丈夫だってばよ。ちゃーんとねぇちゃんの気持ち、伝わってきてたってば」

そういってニッと笑いかけると、ねぇちゃんは背伸びをしてオレの首に腕をまわしてきた。オレは『抱きしめられる』なんて行為に慣れてなくて、思わず変な声が出た。

「っっぅわっ!!!なんだって…」
「大きくなったね、ナルト」
「………!!!」

ねぇちゃんはポンポン、と頭を撫でてくれる。オレは生まれて初めての弟扱いに、嬉しさと恥ずかしさでどうしたらいいのか分からず、とりあえず少し離れようと彼女の肩を押し戻す。

「おおおおうってばよ!ねぇちゃんはこんなちっこかったんだな!」
「そんなことないデショ!」
「ししし!!…っとそれよりもねぇちゃん、オレ、ずっとねぇちゃんに聞きたいことあったんだってばよ」
「ん?なぁに?」

すっかり涙の止まった彼女を見下ろして、ニカッと笑顔を浮かべて言う。ずっとずっと知りたかったコト。ずっとずっと、彼女の口から直接聞きたかった答え。長年会いたくて仕方なかった彼女は、今目の前で笑ってくれている。

「ねぇちゃん、名前は?」
。波か…
か!仲良くしようってばよ、!!!」


――少年は知らないけれど、これはちょうど十六年前の二人と同じやりとり。
――二人の未来は、まだまだこれから…………………。