
幼いころからオレ達はずっと一緒で、切っても切れない縁。気が付いたらお互い一番大切な存在になってた。そんなお前とオレが離れるとか、全然想像もつかなくて…。
秋が過ぎ寒い冬を越え暖かい春が来て、もう一度暑苦しい夏を迎えれば、いつもみたいに手をつないで、庭に咲くあのオレンジ色の花を見られると思ってた。
そうずっと、信じてやまなかったんだ…
のうぜんかずらの朱がさいた
アイツ―…が任務に出たのは、まだじめっとした暑さの残る残暑。午後からの任務なので二人一緒にまどろんでいるところに、火急を知らせる忍鳥がせわしなく来た。お互い多忙な上忍となったのにその年の夏祭りは奇跡的に一緒に行けたし、何かと休みも重なった…その『ツケ』が今、回って来たんだと思う。何でよりによってコイツに任務の命が来るんだ…どうせならオレに来いよ…何となく、本当に何となくそう思った。
は知らせを受けて、オレの腕からするりと抜けて立ち上がる。確かにこの腕に抱きしめていたその真っ白な体がふわりと離れて、そこに残るのはひんやりとした感覚。ついさっきまで目にいっぱいの涙を浮かべて愛を囁き合っていたのに、その温もりを感じられなくて淋しさを感じる。忍服を着てしっかりと前を見据えて立つ彼女は、さっきまでのオレがいないと何もできないような彼女とはまるで違っていて…。芯の通った強さとは対照的に今にもこの腕からすり抜けて行ってしまいそうで、オレは咄嗟にの腕を掴んでベッドへと押し戻した。
「ちょっ、ちょっとシカマ…」
「好きだ、」
「!?」
びくんっ、と体を跳ねさせて、彼女は驚いたように見つめてくる。大きく見開いた瞳にはオレが映っていて、それだけのことなのにひどく安心した。
「好きだ…一生好きだ、」
そう言って何度も優しくキスを送る。髪、頭、額、瞼、頬、そして口。深く深く口づけて、きつく抱きしめる。隙間なんて作らないくらい、ぎゅっとぎゅっと抱きしめる。そんな突然のオレの様子に驚いたようだったけど、は優しく受け入れてくれた。優しく見つめてキスをして、これまでにない笑顔でオレに囁く。
「シカマル、私も大好き。愛してる」
何度聞いてもこの言葉は嬉しくてくすぐったくて、二人で抱きしめ合って笑った。
突然の招集から数時間後、任務説明を受けて来たであろうは笑顔で帰って来た。しかしその口から告げられた任務内容は、笑顔なんか作れるものじゃなくて……。聞いただけでオレの心臓は大きく跳ね上がって、一瞬にして周りの音が聞こえなくなった。
……何で……何でコイツが行かなきゃなんねぇんだよ……。
そう思えば思うほど苦しくて切なくて、笑顔で佇むの両肩をぎゅっと掴んだ。その白くて細い肩が小さく震えていて…ここでコイツは無理して笑ってるんだって気付いた。よく見たら今にも泣きだしそうじゃねぇか…。
「…行くな」
レベルも何の申し分もない。いつもなら笑って見送るが、今日ばかりは出来ない……出来るはずがない。それどころか忍らしからぬ言葉が口から出ていた。そんなオレにこいつは意地でも笑顔で返してきた。
「行くよ。この里が…シカマルが大好きだから」
「なら行くなっ!行くな…行くなよ……」
「…シカマル…」
気付いたらオレは泣きながらを抱きしめていた。彼女の赴く場所、それは今も仲間が生死をかけて潜入している戦いの最前線。もう何人もの英雄が生まれた場所。そして今後、更に戦いが表面化して激しくなるであろう場所。…何でオレじゃねぇんだよ…何でオレじゃなくて、なんだよ!行き場の無い怒りや悲しみ、そしてを失うかもしれない恐怖が、抱きしめる力を強くさせた。
「ねぇシカマル。お願い、聞いてくれる?」
「……」
黙って抱きしめていると、がオレの胸の中で囁いた。その声がいつもと違って細々しくて頼りなげで、少し体を離して顔を見下ろす。するとは今まで見たこともない美しい笑顔で、じっとオレを見つめて言った。
「あのね、明日の出発までの時間、私をうんと愛して。私がシカマルを、シカマルが私を忘れないくらい…頑張って帰ってこれるようにいっぱいいっぱい愛し…っっ!!!」
愛おしくて悲しくて苦しくて、辛くて淋しくて手放したくなくて、でもやっぱり愛おしくて…。沢山の感情の渦が二人を包んで、涙でぐしゃぐしゃになりながらも愛を確かめ合った。
その時はひたすらオレに何かを伝えていたが、オレは自分の感情をコントロール出来ず、聞き取ることが出来なかった。
次の日の朝、きつく抱きしめていたはずの愛しい姿はなくて…オレたちはあっけなく離れ離れになった。
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夏が過ぎて秋が来て、そろそろ冬支度を始めようという頃、ついに戦いが治まったことを知らされた。これでアイツもやっと帰ってくる……その事実が嬉しくて、一刻も早くアイツの温もりを確かめたくて、オレは毎日門の前で待ち続けた。待って待って待ち続けて、やっと到着した帰還隊からもたらされた知らせは、の所属していた隊の全滅だった。残ったのはこれだけだった…そう言って別隊の隊員から手渡されたのは、オレがアイツに初めてやったオレンジ色の花のピアス。オレの手の中にあるこれだけじゃ信じられなくて、アイツは戻ってくるとしか思えなくて、オレは待つことにした。がオレから離れるわけねぇ……ずっと一緒だったんだ、これからだって一緒にいるんだ。そう信じて疑わなかった。
アイツのピアスを受け取っても、他の隊員のヤツらの遺体を目の当たりにしても。慰霊碑にアイツの名前が彫られても、アイツを思って泣く同期のヤツらを見ても。オレはただ、アイツの帰りだけを待つことにした。
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冬を越え春が来て、もうすぐが里を出て一年が過ぎようとしていた。今でもオレはアイツと一緒に住んでいたアパートにいて、庭には毎年一緒に見ていたのうぜんかずらの花が咲き始めている。アイツがいなくても世界はいつも通り動いていて、いない日常が当たり前のように過ぎて行く。そしてその当たり前の世界を受け入れてしまいそうになる自分がいるのを、最近感じるようになった。
一人になると不安になる。はもう帰ってこないんじゃないかと、受け入れてしまいそうになる。
…もう限界だ……戻ってこいよ。抱きしめて安心させてくれよ…
庭先で一人自分を抱きしめ、の温もりを思い出そうとする。あの柔らかな瞳もしなやかな体も、優しい声も、だんだん薄れ始めていて…少しも逃さないように、オレは体に力を込めた。
すると突然ふわっと暖かな風が包み込み、顔を上げる。その視線の先にはいつもの通りのうぜんかずらが咲いていて……その蕾がゆっくりと開花し始めていた。
幼い頃はアイス片手にの実家で毎年見た、開花の時。
初めて手をつないで見た、夏の暑さに冴えるようなあのオレンジ色。
好きだって伝えた時も、初めてキスをした時も、初めて大喧嘩した時も必ず傍にあったオレンジ色。
が大好きだと言っていた、あのオレンジ………!!?
雨の雫と緑の葉に映えるように辺り一面に広がるその色を見て、オレは固まった。そこに広がる色は、去年までとは違ってすべて朱・あか・アカ…。アイツが好きだと言っていたオレンジ色の花弁すべて、今年は朱色に染まっていた。経った今咲いたばかりだというのに、そのうちの一つが根元から落ちてポトリと地面に咲いた。
その瞬間、オレはイヤでも理解した。
―あぁ…オレは一人になったんだ…
オレは泣き崩れた。今までにないくらいに心には空虚感が溢れて、怖い。もうこの手に抱きしめられない、あの声を聞けない、声を届けられない。失ったものの大きさに押しつぶされて、苦しくて悲しくて泣き叫ぶことしか出来ない。記憶でしか会えない面影、記憶の中でしか聞けない声、記憶の中でしか抱きしめられない体。急に今まであったことが死んだと現実味を帯びてきて、嗚咽を漏らしながら大声で泣いた。泣き叫ぶことしか出来ない自分が悔しくて悲しくて、に会いたくて抱きしめたくて、雨に濡れるのも構わず泣いた。
最後にアイツが何度も囁いていた言葉が、今になって風と共に辺り一面に響いた気がした。
『この先私に何かあったとしても、ずっとあなたの中で生きていく』
…オレは記憶の中じゃなく、今ここでお前を抱きしめたいんだ……