
恋音 -コイオト- 1
私は代々暗部の家系である、家の次期当主として生まれた。とはいえ、その家も私を残して先の戦争で滅んでしまったので、私以外誰もいない。この十七年間表の明るさを知らず、月夜の美しさのみを知って育った。たまに昼間里を歩くと同年代の忍が楽しそうに話している姿を見にすることもあったが、彼らは私の事など知らないだろう。ふと淋しくて感じることもあったが、どうしようもなかった。
そんな時、一人の男とマンセルを組んだ。暗部一番隊隊長、猛獅子。暗部内でも冷血で無慈悲、女にだらしなく、そしてかなりの暴君だと有名で、一部には熱烈なファンもいると言う一風変わった人。暗部歴はかなり長いらしく、次期総隊長と言われる男。私は一族の慣習でどこの隊にも属しない、所謂『火影直属』という立場のため基本単独任務が多かったが、ある日突然の彼からのマンセル要請が来たのだ。
突然のことに多少驚きつつ火影邸へ足を踏み入れると例の彼は既にそこにいて、私より頭一つ分以上大きな男は、さも当たり前かのように話しかけてきた。
「…猛獅子だ。お前は?」
「雪葉(ユキハ)」
「雪葉…お前、小せぇな」
「?!」
「くくっ、可愛い奴」
噂の様な聞いていたような冷血暴君はどこへやら…年上であろう男性の子供のような真っ直ぐな受け答えに、私は面の下で一気に顔に熱が集まるのを感じた。 目の前にいる猛獅子はその様子に気付いていないのか、私の頭にそっと手を置いて言葉を続けた。
「俺はお前の実力を買っている。今日からお前に俺の背を預けた」
「…仰せのままに」
今まで一人で生きてきた私にとって、この出会い、言葉、そして温もりは強烈だった。そしてこのたった数分の出会いで、私は恋に落ちたー…。
********
それから猛獅子と私は、数え切れないほどマンセルを組んだ。二人でどれほどの人の命を絶ったかわからない。それと同じくらい、どれほどの命を救ったかもわからない。彼の力になりたくて、彼に気に入ってもらいたくて必死だった。
そんな私の下心に気付いたのか分からないが、出会って半年後、戦地で突如彼に抱かれた。お互い生きて帰れるかわからないという生死を賭ける地で、そのようなことが起きても不思議ではない。ある意味生き物の本能だ。それでも私は初めて好きになった男性に求められ、初めて心から抱かれたいと思い、初めて心から幸せを感じた。女としての幸せを、生まれて初めて知ることができた。
結果的に二人とも生きて帰ったのだが、それ以来私たちは曖昧な関係が続いた。ダメだと分かっていながらも惚れた相手に求められ、私は関係を断ち切れずにいる。
生死を賭けるような激しい任務を終え、さも当然かのように二人で私の家に帰る。本能のままにお互いを求め、昼になると彼は立ち去るー…そんな生活が続いていた。
その日も朝方、二人で生まれたままの姿で微睡みかけていると、隣で小さな声で私の名を呼ぶからに気付いた。
「」
「…?」
その声に彼の方を向く。すると彼も私を見ていて、その真っ直ぐな青い瞳に射抜かれた気がした。彼は私の頭にそっと手を置くと、そのまま柔らかく私の髪を撫で、言った。
「俺、総隊長に任命された」
その言葉に、私は小さく息を飲む。ついにこの日が来てしまったー…。総隊長になれば、彼が現場へ向かう事はほぼ無くなる。つまり、私と彼の唯一の繋がりである『任務』が無くなってしまうのだ。嫌だ、悲しい、淋しい…そう言えたらどんなに楽だろう。けれど私と彼の繋がりは、それを伝えることが許されないものであることを、私は知っている。それが許されるのは『恋人』だけだ。
でも、総隊長は特定の人を作らないー…いざという時、その人の存在が足枷になるから。生まれながらにしてこの世界にいる私は、誰に教わることなくこのことを知っている。私は思い浮かんだ言葉を全て飲み込むと、無理やり作った笑顔でただ一言「おめでとう」とだけ伝えた。
そして、彼との繋がりが途絶えたー…。
********
再び彼と繋がったのは、彼が総隊長になって三ヶ月が過ぎた頃。その間も他の暗部から彼の噂は聞いていて、その中に『彼と夜を過ごした』という話はなかった。少し前まで毎日のように聞いていたのに、単に忙しいだけか、あるいは口外しないような本命の人が出来たのか知らないが、その種の話がパッタリと途絶えたのだ。もし単に忙しいだけだとして『抱いていない』という話が事実だとしたら、彼の中で私は『最後に抱いた女』なのだろうかー…真相は分からないが、そう思うとほんの少しだけ嬉しい気持ちになった。どれだけ彼のことが好きなんだ、私は。
その頃の私は遠くからでも彼の力になろう、少しでも名を耳に入れてもらおうと躍起になり、本来の単独スタイルでなりふり構わず任務をこなしていた。その努力が実ったのかある日突然、総隊長室に呼び出された。
部屋に入ると、そこには総隊長となった猛獅子と、頭脳面で彼を常に支えることで有名な明虎副総隊長が控えていた。二人とも面をしているので表情は見えないが、彼が一言告げると副隊長は私の立つ扉へと近付いてきた。
「お前が雪葉か?」
「…はい」
「…なるほどな」
「…?」
彼は小さく呟くと、部屋を出て行った。どこか楽しげな様子だったのは気のせいだろうか。バタンと扉が閉じ、あたりを静寂が包み込む。彼は綺麗な月夜を背景に、目の前のデスクに座って私を見つめている。私は久し振りの彼の姿に、少し緊張していた。
「久々だな、」
「…うん。ナルトは元気だった?」
「まぁまぁ。お前は相変わらず一人で飛び回ってるみてぇだな」
そう言いながら面を取り、笑顔を見せるナルト。その蒼い瞳を私がどれほど恋しく思っていたか、彼はきっと知らないだろう。
「そうね。誰かさんと組まなくなってから、一人任務に戻ったわ」
私は面だけを取り笑顔を浮かべると、彼に近付く。黒いフードを取らないのは、月夜に照らさせている室内に、私の銀髪は目立つから。
今日呼ばれた理由は恐らく、彼の机にあるこの『SSS級任務』の依頼だろう。そう思い書類に手を伸ばすと、私の手よりも一回り大きなものが添えられ思わず震える。椅子に座ったまま肘をつき私を見ていた彼は一言「髪…」というと、そのまま私の手を力強く引いた。
「ぅわっ…!」
突然のことで拒否できるはずもなく、引かれた勢いのまま彼の熱を全身に感じる。久し振りの温もりに、顔に熱が集まるのを感じ思わず俯いてしまった。彼は私のフードの端を引き下ろすと、彼の髪色とは真逆の銀色が現れる。それを何度も梳きながら「相変わらず柔らけぇな」と呟き、透き通るほどの蒼は私の目の前で綺麗な弓を作った。そしてそのまま、久し振りに彼の柔らかな温もりを唇に感じた。
たった三ヶ月離れただけ…それなのにこれほどにもこの温もりを恋しく思う私は、心底彼に惚れているのだと改めて知ってしまった。
私の伝えられない『好き』の言葉は、今も胸の中に渦巻いている。