
気付いたら 目で追ってて
気付いたら 姿を探してて
気付いたら 声が聞きたくて
気付いたら 笑顔が嬉しくて
―…気付いたら あなたを好きになっていました。
アガパンサス 【恋の訪れ】
「チョウジ、シカマルー!早く『虹の葉』行くわよー!」
「わぁい、虹の葉ーー!!」
「ったく。ついこの間行ったばっかじゃねぇか」
だんだんと暑く湿っぽい空気が纏わりつくようになってきた、そんな季節の商店街。その商店街の中に佇む一軒の老舗駄菓子屋に向かう三つの影があった。そんな季節を吹き飛ばすかのように、この声を遠くに聞いた駄菓子屋『虹の葉』の娘・は期待で小さく体が跳ね上がる。
―いのちゃんたち、久々に来てくれるんだっ!
いの、チョウジ、それにシカマルは彼らが幼い頃から来てくれる常連さん。と同い年で、シカマルは中忍、いのとチョウジは下忍だ。元々あまり体の強くないは一般の学校だったので、卒業した後は体調のいい時は看板娘として家業を手伝っていた。にとって三人は、いつの間にか話すようになって、いつの間にか仲良くなって、いつの間にか友達になってた大切な三人組。
「〜、治ったぁ〜?」
ガラガラという引き戸の音と主にいのが先頭を切って入って来た。は奥の部屋からお気に入りの黄色いサンダルをつっかけて急いで出てきた。
「いのちゃーーんっ!いらっしゃぁーいっ!」
は自分よりも身長の高いいのに、いつものようにぎゅっと抱きつく。いのはぎゅっと抱きしめ返すと「やだっ、あんたまた痩せたっ!?」なんて言いながら肩を掴んだ。
「一週間前来た時は寝込んでるって聞いて心配してたんだから!」
「ごめん!ちょっと発作がでちゃっててさぁ〜…」
「発作って…もう大丈夫なの!?」
「大丈夫大丈夫っ、いつものことだから!ごめんね、折角来てくれてたのに会えなくて…」
「そんなこと全然気にしなくていいのっ!が元気になればっ!」
そう言うと、いのはの頭にすり寄った。その様子を男二人は黙って見ている。するとの頭上にある棚を見たチョウジが突然「あっ!」と大声を出した。
「あれってもしかして温泉街で有名な『木の葉かりんとう』じゃない!?」
「さすがチョウくんっ、ご名答!チョウくんのために仕入れといたんだよ〜」
「わぁー!ちゃん、ありがとう!!」
「どういたしまして」
「あんたねぇ…お菓子よりの体調心配しなさいよっ!」
その声を聞いて呆れ顔のいのの胸から顔をひょっこりと出し、は苦笑いを浮かべる。
…ここまでは、大丈夫…ここはまでは今まで通りで大丈夫なんだけど…。
「、わりぃけど茶ぁくれ、茶。暑くて喉かわいた」
「!!気付かなくてごめんっ!今持ってくるっ!」
シカマルの一言でピンッと体が跳ね上がり、大急ぎで奥の流しへと消えていく。その姿を見て三人は、はぁ…とため息をついた。
「やっぱ、あんたに対してだけ何か態度おかしいわよね、あの子…」
「シカマル、何かしたんじゃないの?心当たりないの?」
「ねーよ、そんなの。めんどくせぇ…」
流しへと消えていく小さくて華奢な体を、三人は頭を傾げて見守っていた。
一方のは流しへ着くや否や、まず自分の顔を洗いだす。ぷはっ、と顔を上げて目の前の鏡で自分を見てみる…が、まだ耳まで真っ赤。
「はぁ…何でだろう…」
今まではいのやチョウジと同じように普通の会話が出来てたのに、最近シカマルの前では何故か上手くいかない。小さいころはこんなこと一度もなかったのに、気付いたら何故かこんなことに。何でだかわかんない、わかんないんだけど…緊張しちゃうっていうか、ドキドキするっていうか…。
街の中でもそうだ。病院に行くときとか、あのベストをみるとつい彼かな、と見てしまう自分がいる。ナルトと偶然会って立ち話しててもシカマルの話を聞いちゃうし、声を聞くと足を止めちゃう。偶然…本当に偶然街中でシカマルを見つけると嬉しくて楽しくて、どんなに苦いお薬が出ようともその日一日がとても幸せに思える。
―…声をかけたい
―…一緒にお話したい
―…隣に並びたい
そう思うのに、いざ彼を前にすると何も出来ないし何も言えない。でも何も言えないまま彼が帰っちゃうと、すんごく落ち込む自分がいる事に気付く。なんでこうなってしまったのか…混乱するばかりだ。は頭を二・三度強く振ると、冷たいお茶を乗せたお盆を持ち上げ立ち上がる。
「よしっ、普通に話しかけるぞ!大丈夫大丈夫大じょ…」
「おせぇよ」
「ひゃっ!!」
が自らに暗示をかけていると、声をかけたいお相手であるシカマルが後ろにやってきていた。シカマルの声に驚いたは驚いた拍子にグラスを床にぶちまけ、勢いよく割った。さらには中に入っていたお茶と氷をばらまき、それに滑って後ろへ倒れそうになる。
「ぅわっっっ…!」
覚悟を決めてきつく眼をつむったが、予想した痛みがなかなか来ない。代わりには、自分の後ろになにかあることに気付いた。
「ってぇ…大丈夫か?」
「!!ごごごごごめんっ!!!大丈夫っ!?」
そう、シカマルは咄嗟にの腰を引き、自らが下になってを抱えてしりもちをついた状態になっていた。状況を把握したは背中に感じる温もりと思わぬ至近距離で心臓が飛び跳ね、勢いよく立ちあがろうと手を横につく。その瞬間、驚きの表情から瞬時に苦痛の表情へと変わった。
「ったぁ…」
割れたグラスが手に刺さり、の鮮やかな赤色がぽたぽたと床に赤い斑点を作っていく。
「ちょっ、大丈夫か!見せてみろ!」
「え、だ、大丈夫だよ!!」
「いいから…っ?!」
怪我に驚いたシカマルが手を見ようとの腕を後ろへ引き、その勢いが良すぎてそのまま頭同士がぶつかった。頭の痛み、そして次から次へと起こる出来事に二人は呆然―…。
「ぷっ…あははははっ!シカマルくん、慌てすぎだよぉ!」
「いってぇなぁ……お前がもうちょい力あって踏ん張ってりゃ頭なんかぶつかんなかったっつーの!」
「あぁー、人のせいにする気ですかぁ?シカマルくん、中忍なのにっ!」
「関係ねぇだろ、今はっ!」
「あははははっ!おっかしー!」
シカマルの腕の中で涙が出る程笑う。最近突然感じるようになったあの余所余所しさが嘘のように、昔のように笑っている。久しぶりに見た彼女の笑顔に、シカマルは何故かどんどん顔に熱が上がってくるのを感じて急いで俯いた。幸いにも、そんな様子は彼女は気付いていないようだ。笑いがやっと収まると、二人で目を合わせて微笑む。
「とりあえず手当てしねーと」
「うん。自分でやるから、シカマルくんは戻ってていいよ」
そう言っては立ち上がり、救急箱を取り出す。その様子を見ていたシカマルは一度は立ち上がったもののすぐにしゃがみ込み、割れたグラスを一つ一つ拾い出した。戻ってもいいといったのに片づけをしてくれているその背中をはじっと見つめると、小さく微笑む。そして絆創膏を貼りながら言った。
「シカマルくんはさ、優しいよね」
「…は?」
静かにグラスの破片を拾っていたシカマルはの思いがけない言葉に、眉間に寄せる皺をさらに深めて言う。
―優しい…俺が?全く思い当たるコトがねぇ…。
の言葉を理解できずにじっと見つめ返す。自分の指に絆創膏を貼りながら、はさらに言葉を続けた。
「それだけじゃなくって懐大きいし仲間を大切にするし、面倒くさがりなのに結局は自分で動くし、頭いいしカッコい…」
「おいおい、何の冗談だよいきなり…」
言葉を遮られたは視線を自分の指から目の前のシカマルに動かすと、じーっと見つめる。いきなり褒め言葉を言われたシカマルは顔を真っ赤にしてを睨み返す。そんなシカマルを見つめながらはどこかはっ、としたような表情になると、次にはニッと口の両端を持ち上げ頷き始めた。
「そっか…そっかそっかそっか!!」
「は?何が『そっか』なんだよ」
「んーん、何でもないっ!そっかぁ…そうだったんだっ!」
なるほど、すっきりしたー!!なんて笑いながらいかにも嬉しそうなを見てわけがわからないシカマル。それでも昔みたいに自分にも笑ってくれる彼女が嬉しくて、ヘッと笑って勢いよくデコピンを送った。
「!!いったっ!何するのよっ!」
「わけわかんねぇこと言ってっからだよ、バカ」
「バカじゃないもんっ!次言ったらいのちゃんに言いつけてやるっ!」
「へぇへぇ、バカ」
「むっきぃー!いのちゃぁーん!!!チョウくぅーんっ!!」
流しまで来てくれてすごく嬉しかった。
助けてもらってすごく嬉しかった。
心配してもらえてすごく嬉しかった。
私に向けられた笑顔にすごく幸せに感じた。
シカマルくんのいいところ、素敵なところ…いっぱいいっぱい口から出てた。
ずっと一緒にいて気付かなかったけど…私、シカマルくんが好きだ。
初めて恋に気付いた、十三歳の夏でした―…。